劇団ルーム・ルーデンス主宰の田辺氏よりエデュケーション・プログラムのお話をうかがったのはもう大分以前のことになる。素晴らしい企画だと賛同しつつ日程的に難しいものがあり、なかなかお引き受けすることが出来なかったが、今回ようやくお引き受けすることができた。
この企画は、高校生がプロの演劇人と共同作業することによって、一般的な高校演劇の枠をこえた体験をし、演劇のより深い魅力の一端にふれ、将来他の舞台に観客として立ち会う時にも、演劇を重層的にみつめることができれば、というものである。
今回は11人の高校生(高1男子1名、高2女子7名、高3男子1名、高3女子2名)が、6つの高校から参加した。うち10名が演劇部員、1名はチアリーダー部員だった。
それぞれの演劇経験は、「小学4年生から地元の劇団に参加していた」「中学校の演劇部で一人芝居をやったことがある」など経験豊富な生徒から、「2年生になって演劇部に参加したのでまだ舞台に立ったことがない」「演劇部にいたことも舞台に立ったこともない」生徒まで幅広かった。
また3年生の女子では、2006年度のエデュケーション・プログラム(「トゥーランドット」)に参加し、稽古を見に来てそのまま参加表明した生徒もいた。
またプロの俳優の参加者として先輩の井村昂さんをお願いした。井村さんは黒テントの創立メンバーの一人で現在は名古屋の少年王者館の中心的なメンバーであり、また舞台だけでなく映画やテレビでも活躍している。ただ日程的に難があり、稽古は5回ほどしか参加できなかった。
稽古は10回ということだったが、まずマッピングなどの手法でソシオメトリーを取り、どのような参加者がいるかを全員で認識してもらった。続けてチーム・ビルディングの作業に入り、お互いを深く知り合うようなエクササイズを続け、その過程で各参加者の特質を把握するようにつとめた。
1回目と2回目の稽古は、上記の作業にほぼ費やされ、2回目の稽古の最後に、テキストを最初から最後まで、2時間半かかったが声に出して読んでみた。
3回目、4回目の稽古では、午前中はチーム・ビルディングと自分を開くためのエクササイズを続け、「頑張らない」「無理をしない」「一生懸命」「リラックスすることが集中への第一歩」などがキーワードになった。
また、くじ引きで役を割り振り、丹下が抜き出したテキストの一部の本読みを繰り返した。
日程を確認すると生徒たち全員がすべての稽古日程に参加できるのではなく、かなりばらつきがあることが判明。スケジュール表を作成して、それを元に配役の組み合わせを決めると伝えた。だが、ほぼ全員がサロメ役に興味を持ち、ほかに若い女性の役は一つしか考えられなかったので、「全員で楽しいことをやる」の原則にのっとり、7人をサロメ役とした。
一人は、稽古日程が他の人たちと少しずれていたのと、バレエなどを体験していて一人で立っても充分問題ないだろうとの予測の元にサロメではない役をお願いした。
最終的には「サロメのダンスのシーンで自分も踊りたい」と言ってくれたので、そのシーンのみダンサーとして登場してもらった。
5,6回の稽古では、午前中にまずチーム・ビルディングのエクササイズで互いの信頼関係を構築し、続けて信頼の中で自分を開くというエクササイズ。同時に「複数の人間で様々な形を即興でつくる」「声を出さずにオファーを出してシーンをつくる」などの体験を重ねて行った。
そして午後は、台本を持ってもらいながらくじ引きで、サロメ・チームは台詞の担当部分をくじ引きで変えながら、他の人たちも役を変えながら立っての本読みを繰り返した。
7回目でほぼ役を確定した。サロメは7人。井村さんは、ヘロデ王。3年生で途中から参加した女子を王妃ヘロデヤに。3年生の男子をヨハネに。1年生ながら体験豊富な男子をナラボトに。そして上記の女子生徒はナラボトを恋するスリヤ人役に。
男子のヨハネとナラボトは稽古の中で全員がそうなるだろうと理解していたので、自然な流れで決まった。
王妃ヘロデヤは少し悩んだ。もう一人の3年生の女子も候補に考えたが、サロメの台詞を聞いているうちに、彼女の持つピュアな部分をサロメ役で生かしてほしいと思った。
p>稽古のはじめにシアターゲームやストレッチをしていくうちに、生徒たちの体はけっこうゆがんでいて、かなりのストレスを抱えている子どももいることがわかった。あるときは、全員に簡単な整体をほどこしたこともある。
古典ともいえる美しい翻訳を使用するにあたって、このことばが現代のティーンの肉体から吐き出されるには、ある濃厚な助走時間が必要だと思い「抑圧されている現代の少女たち」という設定から中東情勢を背景にすることを思いついた。
レバノン情勢および中東情勢は1983年より常に接してきたので身近なことでもあった。そして、たまたま起こったレバノン北部の紛争を背景に使った。
登場する少女たちは、「限りなく自分に近い誰か」であり、「強い抑圧を感じている少女たち」である。その少女たちがサロメの世界に取り込まれていく、という設定でスタートした。そして、その稽古の過程でそれぞれのキャラクターを確認していった。
7人でサロメをコロスで演じてもらうため、それぞれの声の質も確認しつつ、台詞の順番を考えるのはパズルを解くようで楽しい作業だった。最終的には、出演者の声の様々なパターンが自分の中にインプットされ、机上で考えたイメージ通りに稽古場が展開された時もあった。
もちろんそれはスタート地点で、それぞれに次のステップを少しずつしめしながらゆっくりと確認していった。同時に稽古場の休憩時間にふと思いついて「ジンギスカン」(神奈川県の中学生が学校主催のキャンプなどで歌って踊るダンス)をやってもらったら学校ごとに振り付けが異なることが判明し、即座に取り入れようと決断した。その時の生徒たちがとても楽しそうだったからである。
ヨハネの首をどう表現するかは最後までまよった。実際に歯で噛むことができるものにしたいと思っていた。最終的にはキャベツや大根など様々な野菜にするか、りんごにするか迷ったが、野菜をかじる暴力性よりもりんごに脣が触れる瞬間の感覚をとった。
このようにして作っていった構成台本だが、いわゆる戯曲ではなく、たたき台としての台本に過ぎないので、稽古のたびに細かい変更が出るのはもちろん大きな差し替えなどもあって、当初は生徒たちを戸惑わせたようだ。そして、全員に納得してもらうことが一番大切と思い、なぜそのように変更するのかは毎回説明した。
おかげで本番直前に劇場の機構の問題で大きな変更を余儀なくされた時でも彼らに動揺はなかった。するべきことがはっきりしていたからだ。
舞台公演で「稽古が足りていた」ことは滅多にあるものではない。むしろ限られた時間の中で何をしてきたかが問われるものと思っている。今回、稽古10回ではさすがに足りず自主稽古を3回入れたが、最終的には全員が精一杯やったパフォーマンスだったと思う。
そして、今回はクロージングも大切と考えた。予定外の日程で2名が参加できなかったのが残念だったが、井村さんも含めた10名で公演のビデオを観た後、振り返りのエクササイズを行った。これは大きな作業を終えた生徒たちの心をゆっくりと着地させるためのものだ。
足掛け2ヶ月の稽古で、チームはとても強い絆で結ばれていた。振り返りでも「同窓会をしたい」「またこのメンバーでやりたい」などという声が相次いだ。自分にとってもありがたいフィードバックだった。高校生を対象に2ヶ月もの間自分の手法を実践したのははじめてのことで、このような機会を与えてくださった田辺さんに心より感謝している。
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